常滑市長選挙へ出馬します。

常滑市長選挙への出馬を決意し、昨日記者会見を行いました。

私は2011年4月、常滑市議会議員選挙に出馬する際に「ずっと常滑。」というキャッチフレーズを掲げました。これは私が生まれも育ちも常滑だというアピールではなく、空港ができ、住宅が開発され、新しい住民の増加や、多くの若い家庭を持つ世代が新居を構える、そんな時でありました。全ての人がというわけではありませんが、家を建てるということは、そこを生涯の住みかとし、これから何十年も住み続ける決意をした皆さんです。またそのころ常滑市の財政も大変厳しい時で、行財政再生プラン2011のもと、財政再建の真っただ中で、市内には何とも言えない閉塞感がありました。

これまで常滑市で暮らしてきた皆さん、新しく常滑で暮らし始めた皆さん、全ての常滑市民の皆さんから「こんなまちに住まなければよかった」、その一言だけは聞きたくない。「常滑に住んでよかった」と言ってもらえるよう、「ずっと住みたい常滑(まち)だからこそ、変えていきたいことがあります。」の思いをぎゅっと閉じ込めた「ずっと常滑。」のキャッチフレーズを掲げました。

2011年4月に常滑市議会議員に当選させてもらい、その思いをもって市議会で取組んでまいりました。そして2015年4月に愛知県議会議員選挙に挑戦いたしましたが、その時も私の思いに変わりはなく、県議会議員という立場から、ずっと住みたい常滑(まち)づくりをしていこうとの思いで挑戦し、当選させていただきました。県議会議員となり多くのことが動き出しました。観光立国政策が前に進み、中部国際空港もリーマンショック時に落ち込んだ旅客数から年々増加することができました。そして多くの訪日客があり、空港島周辺にはホテルやフライトオブドリームスなどの商業施設ができました。また県が国際展示場の建設を決定し、8月30日にオープンします。長年の悲願であった西知多道路も事業化され、中部国際空港二本目滑走路の建設も事業化に向けて大きく前進しました。

多くの先人たち、先輩議員、市や県行政、経済界など、これまでの皆さんの努力が結実し、常滑はまさに大きく変化した数年であったと思います。私はたまたま先人たちの蒔いた種が芽を出すときに愛知県議会議員のお役を頂いていたにすぎず、ただただ感謝の念しかありません。しかし、これからその芽を大きく花咲かせ、また次の世代のために新たな種を蒔いていく。これは私たち世代が責任を持って取り組んでいかなければならないことだと思っています。そしてこういった数々の事業に花を咲かせることにより、常滑市の財政も安定化し、成長することができ、持続可能な財政として、「子育て・教育、医療・福祉、防災、文化、スポーツ」など、市民の皆さんが安全、安心、そして豊かに暮らしていくことに財源をもっと充てることができ、「常滑に住んでよかった」と言ってもらえるのではないかと私は考えています。

これからの常滑に必要なのは「安心・安全・豊かな暮らし」と「成長」です。

どの世代の人も、どんな立場にある人でも、常滑で安心して、そして潤いをもって暮らせる。そのためにはまちが成長することも必要であります。少子高齢化、人口減少社会だからと、何もかも縮小させてしまえば、財政の延命治療に過ぎず、次の世代の夢や希望も潰えます。AIやIoT、ロボットやロケット、再生医療などの次世代産業に目を向けたり、成長著しいアジアをはじめとする外国に目を向ければ、そこにはまだまだ開拓されていない市場がある。私たちの創意と工夫、挑戦する心をもってすれば、まだまだ日本も愛知県も常滑市も成長できると信じています。

そのためには、これまで通り県議会議員という立場で県と市のパイプ役となり取組むことも考えましたが、最も早く常滑市の方向を決めることができる立場である市長となることが、私が実現したいずっと住みたい街づくりを、先人たちの蒔いた種が芽を出してきているこのタイミングで、責任をもって取組むことができる手段であると判断し、片岡憲彦市長からのバトンを受け取る覚悟をいたしました。

もちろん私が申し上げたことは並大抵の努力では成しえないことかもしれません。私はこの市長選挙を勝ち抜き、常滑市民の暮らしのために覚悟をもって、不断の努力で事に当たってまいります。

皆さまのご指導ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。

愛知県議会議員 伊藤辰矢