バンコク訪問①

愛知県市長会の海外事業でタイのバンコクを訪問しました。初日は移動日でしたので、3日間の活動を3回に分けてお伝えします。

①JETROバンコク事務所(竹谷バンコク事務所長、田口アドバイザー)

こちらではタイの概況とアセアン経済、また愛知県の海外展開支援についての説明を受けました。

タイは2018年のGDP成長率が4.1%で、アセアンの中では成長が比較的鈍化している状況であります。また人口構成も日本のように少子高齢化が進んでおり、どの企業も人が不足している状態であるとのこと。ただ、タイは地の利に恵まれており、アセアンの要所として、隣国のカンボジア、ラオス、ミャンマーといった人口が若く、まだまだ発展見込みのある国々の中で経済成長をしていこうと、インフラ投資などを行っているとのことです。

日本企業は2017年5月時点で5,444社が進出してきており、製造業は頭打ちとなっているが、サービス業など非製造業が順調に伸びてきている。ただサービス業は自国経済を守るためにもタイ資本が半分以上必要だとのこと。愛知県からも801社4,308拠点が進出しており、国別でも中国に次いで2番目に進出企業が多い。県もバンコク市内に産業情報センターを設置し、職員が常駐して県内企業の進出をサポートしています。

②現地百貨店 アイコン・サイアム

郊外にできた新しい施設で、延べ床面積は52万㎡という巨大な商業施設です。後ほど説明を受けたサイアム髙島屋もこの施設の中にあります。中心部からのBTSと呼ばれるバンコク市内を走る鉄道が建設中とのことですが、予定が遅れており、アイコン・サイアムの開業には間に合わず、公共交通を使っていくにはBTSと船を乗り継がなければなりませんでした。こちらはサイアム髙島屋に行く前に少し中を案内していただいた程度ですが、一村一品運動のような物産スペースもあり、参考になりました。

③サイアム髙島屋(対応:谷口社長、山澤副店長、池田総務人事部長)

髙島屋のタイ初店舗として、2018年11月にオープン。チャオプラヤ川西岸沿いの大型商業施設アイコン・サイアム内にあり、 政府のリバーマスタービジョンの一つのプロジェクト。タイの富裕層約7万人の購買意欲は旺盛で、また中間層も含めてタイの小売業の成長率は4.5%とのこと。ベトナムなどには劣るが、日本からすると大きな数字とのこと 。

アイコン髙島屋のコンセプトは「日本の厳選された良いものを」タイの消費者に提供すること。出店した500ブランドのうち180は日本のブランド。食品コーナーでは寿司の総菜が大人気だそうで、実際に多くにタイの人が品定めをしていました。食品に関して関税が60%もかかってしまい、商品価格は日本の3~5倍になってしまうそうですが、バンコクに住む7万人の富裕層とチャオプラヤ川西岸に住む35万人の中間層がターゲットとなるそうです。

説明後に売り場も案内していただきましたが、北海道コーナーが大々的にあるのですが、一番の課題は陳列したらすぐに売り切れてしまうこと。在庫が常時確保できないそうです。海苔のコーナーも発見、ブランド名で売られており、中の海苔の産地は確認できませんでした。ただ、パッケージにキャラクターの絵があり、タイ人が相当好きなのかと感じます。またレストラン街はほとんど日本食屋で、小樽の寿司屋があったのですが、ネタはエアアジアの千歳-バンコク便で空輸されるので、日本各地へ配送するのとそれほどリードタイムは変わらないそうです。値段は、それなりに高かったですが…。

④在タイ日本大使館(佐渡島大使、斎藤一等書記官、上野一等書記官)

佐渡島大使より挨拶があり、進出企業が製造業からサービス業へ、少子高齢化などについて。また日本のフルーツ屋さんが進出したらビックリするぐらいの売上があったという話をあげ、タイ人の性格として「美味しいものにはいくらだろうとお金を払う」、「人がいかないところへ行き、人に自慢するのが好き」など教えていただきました。

その後、斎藤一等書記官(マクロ経済担当)よりタイ経済の動向についての説明がありました。タイ経済の特徴として労働人口の3割が農業者でGDPの1割、労働人口の1割が製造業者でGDPの3割。また米中貿易摩擦の影響で、ベトナム、台湾は恩恵があるが、タイは非常に限定的で、ハードディスクドライブのみ伸びたとのこと。政府のインフラ投資ですが、多くの事業が予算化されているのですが、進捗率は50%未満となっており、これは政権の混乱などによるものだそうです。これらの予算がすべてきちんと執行されれば、経済成長率はあと数パーセント上がるのではないかとのこと。政治混乱により、同じ動きをしていたマレーシアに後れを取っているとのことです。

ABOUTこの記事をかいた人

伊藤 辰矢

衆議院議員秘書等を経て2011年に常滑市議会議員に初当選。2015年4月の選挙において愛知県議会議員に初当選。